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明日香・藤原京周辺 (奈良県)



■調査概要
日程 2014/12/8-10
天候 概ね良好
同行者 なし
研究段階 CSO、地面論、日本史
備考 一部車、自転車



■成果
歩き地図 (4p)
収集資料 ・「飛鳥・藤原京展」
・他パンフレット多数
着想 ・CSO(仮)のネットワークと可能世界論
・可能な都のデザインプロジェクト
・定点CSO(飛鳥大仏)
・大和三山と里山のコンポジション研究
・短歌を位置情報付きの言葉として分析する(句碑モード)
・同じところをぐるぐる回る歩行実験
・遺跡やありがたい山や神社と、周辺の都市との関係性について(空間的研究、社会学的研究)
・祀られているものと建築との関係(空間関係、体積比)の研究(仏像は意外と余裕がない。他の宗教施設はどうか。仏壇に入ってさらに建物に囲まれる重層構造も)
・地面の障害物に対する処置法



■山々
・特に藤原京南部〜飛鳥は、大和三山に限らず、ぽこぽこと里山がある
・里山には神社が祀られており、周りには集落がある
・こうした山々の姿には、畏れ、はわからないが、少なくとも愛着を抱くであろうことは想像に難くない
・五島と同じくcompositionを経路的経験の中で見てみたい






●耳成山
・もっとも山容が優美で、個人的には好き。三山で一番低いとは思えない存在感
・しかし万葉集ではマイナーな存在だったという


●畝傍山
・雄々しい感じである、死火山というのは納得(耳成山もだが)


●香具山
・独立性が低いこともあり、見分けがつきにくい
・持統天皇「衣ほすてふ」は内裏から南面したときに見やすい位置だからだろう。それで現代まで一躍名を挙げる(?)ことになった。このあたり、短歌も位置情報つきの言葉として分析するのがよい(当然そうされているだろうが)



■都の立地論
●飛鳥
・都としては狭いが、奥まっていて居心地がよさそうである。これくらいのスケールで都を考えてみたい

・飛鳥大仏が1406年間その場所を一歩も動いていないというのは驚嘆に値する。都の盛衰を見、聖徳太子以下幾千の人々を迎え、ときに火にあぶられ、風雨に晒されながら、そこにいる
・定点CSOなるものができるか。その場所から見た風景(可視研究)と出来事、人、空間変遷との出会い


●藤原京
・完全な遷都というより飛鳥とずるずるくっついている感じが面白い
・古道との関係
・京内に寺が多い
・大和三山は取り込む
・きっと模型は頑張りすぎである。平安京より大きいのに、当初の平安京よりも完成度が高いように描かれている。16年という年数、人口規模からも考えにくい(ただし近いから引っ越しやすかったというのはあるかもしれない)
・周辺は田んぼと溶け合っており、これがやはり萌えるのである

・内裏跡は原っぱ
・ゴルフ禁止は、たしかに。ゴルフ練習場のポテンシャル高い


●平城京(奈良市だがここに掲載)
・飛鳥・藤原京よりも大きく開けている印象〜現在の都市規模からか?
・天子南面して少し落ち着く。北側も緩い丘陵のようだ

・既存古墳が随所に存在。北限は古墳の影響か?
・特に内裏北辺の古墳が削られて、そこに平城天皇が追葬?された話は面白い →治定は怪しいとのことだが


●都の立地論
・京都の(あるいは現代の?)人間としては、やはり天子南面したい。京都の配置が落ち着くし、京都が千年の都になったのも納得がいく。藤原京模型も北から見た方が落ち着く(耳成山が妙なかんじだが)

・しかし京都とて、内裏の裏に山が迫っていたわけでなく、どうにも気持ち悪いからここを禁野としたのだろう。天子南面して見下ろすために、内裏は斜面地にかかるぐらいがよろしい
・飛鳥を南北逆にしたぐらいが、落ち着くと思う
・鎌倉の計画は、実はすごくよいのかもしれない

・都の立地は他にもありえた。すべての可能性を吟味した上でこの地に選ばれたわけではない
・その可能性を限定したのがコンテクストではある(広い意味での)
・CSOのネットワークが可能世界と接続する。「アフリカの石があと1mm横にあったら〜」の話と接続
・「可能なネットワーク群の中の一つが実現」と見るか、「可能なノードやリンクのうち現実のものだけが実現(?)」と見るか…
・可能な都のデザインは考えるに値する。限定するコンテクストは取り払い、しかしその他は当時の社会状況やテクノロジーというのがいいか
・慶滋保胤のような史料の捏造、その読み解き、解説までを全部自分でやってしまうのはどうか。ユートピア、空想地図、醤油画博物館などのノリで。文献学者などと組んでしっかりやりたい気もするが


■遺跡
・土の質が違うからわかるらしい
・年1mm堆積〜つまり過去と現在では土地の高さが違うということ(平安京は2mぐらいとのこと)

・埋め戻す

・レーザースキャン技術の導入が進んでいる


・天皇陵は発掘できない →山田邦和先生の本に詳しい
・天武持統天皇陵は、ネームバリューの割に小さいが、オリジナルの円墳の形態が失われているらしい。周辺の畑になっていた部分も本来は遺跡の一部か? →治定はほぼ確か

・神武天皇陵は大きな森の中に匿われている →治定は怪しい

・箸墓も発掘されていない →第7代孝霊天皇皇女の倭迹迹日百襲姫命の墓に治定、とのことだが怪しい

・一方で石舞台、キトラ、高松塚などは赤裸々にされているこの差

・遺跡やありがたい山や神社と、周りの民家との関係性が面白い

●水落遺跡
・技術に驚くとともに、こんなビルディングタイプがあったのかということ(もっとなんだか きっとなんだか ありそうな気がしてるんだ)



■周辺各所
●長谷寺
・compositionが素晴らしい、門とずれて本堂がせり出す
・さらにそれに向かってかくかくと階段を登り横から入るアプローチ
・本堂内の天井に架けられているさまざまな縁起物がかっこいい。華やかな寺
・密教儀式の「ん〜〜〜ん〜」が新鮮であった


●岡寺
・長谷寺より地味で人も少ないが、前庭〜本堂という二つの空間を遷移するアプローチは城郭に近いものを感じる
・御詠歌は大変優美だが、庭が立体的で力感あるものだったのは意外


●大神神社・三輪山
・地面が、ばらばらと散らばる石が、そのままご神体となる。現代よりもはるかに地面の読みを要求したのが古代かもしれない
・頂上にて、三輪神道の祈祷をする人、それに心経を加える人、いずれも特徴的なイントネーションであり何か感じるところがある


●八木町
・下ッ道と伊勢街道(山田道)の交差点
・伝建指定なし。それでも比較的残っている、リノベーションもされない。三駅ある割にポテンシャル低い、かつおそらく地主の裕福さ
・屋根。本瓦葺と桟瓦葺の混合。厨子二階が多い
・削られる井戸。地面の障害物に対して、壊す/削る/迂回する/またぐ/もぐる/…



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